考えごと

散歩、ポエム、むらさき。

思念する魚・エコーチェンバー

「才能を煮詰めたコッテリ系のグレッチで脳天殴たれたら、冷凍庫に隠してた自信も水になっちまう。きっと、春に解ける氷像みたいなスローライフを送ったらいいんだ。そうだ、その通りにしよう。」

 千度目の夜、崇拝と絶望の混濁した畏怖の感情に俺は打ちひしがれていた。顎の筋肉は腐り、涙は奴隷のように滴った。勝負など土台存在しなかったに関わらず、負け犬の顔をした。千の夜を迎える前、朝の時代。俺は劣等感の概念を理解しなかった。俺は無垢だった。昆虫類やら爬虫類やらに目を奪われていた少年は才能という言葉さえ知らなかった。だがそれらの朝々も追憶の彼方。

 神と悪魔を練り込んだ因果から寵愛を受けたソイツの才能は、粗野な俺を撃ち抜く銃に見えた。この透明の銃はお前たちにも見えるだろうか? 奇跡という言葉の相応しいソイツの才能は人生を捨てたのではなく、ひたすら欠損したらしい。人権などは疾うに話にならない。自惚。倨傲。井蛙。掃いては捨てる泡沫。俺の精神の強度は如何程のものか、近代の鉄槌で叩いてみるか? 強度が問題なものか。元素の構成が鉱石の性質を決めるのだ。凝り固まっていようが人間の引っ越しなどできない相談だ。古来、魔術師は種明かしをしちゃならんと決まってる。魔法が解ければペテン師に成り果てるからだ。……とは言え、ペテン師が魔法を使えばこの愉快なサーカスも大盛況だろう。例の透明の銃口を舐めたやつは立ちどころにペテン師呼ばわりだから、海まで流された蛙は諦めるしかないな。

 打ち砕かれた動物たち。小さな檻に箱詰めにされたヤマアラシは、身動きも取れず自重でお互いを貫き合う。弱い者には棘が欠かせない。棘が悪いか? 異議有! 棘が生えるのは生まれつきだ! 悪いのはこの世の檻だ!……どこもかしこも大きいヤツが得をする。象の背丈は大陸に比例する。象には天敵がないから、銃弾のみが殺戮をする。そいつは何故? 美が金になるからだ。なのに金が美にならないのは囚人の刺青みたいだな。

「芸術は人間を壊す。壊れた人間が愛おしいにせよ。」内蔵を剥き出しで歩くように、俺はほろりと愚痴を溢した。牛を搾り尽くして終いには肉にするように、終いには肉にされてしまうんだ。肉にされてトレーと一緒にラップに巻かれてお終いさ。せめて終いまでは牛でいさせてくれないものか。普通に自由に生きさせてくれ……奴隷の懇願か? 笑わせる。

 

 その昔、俺の換羽を妨げた透明の外殻は脱ぎ棄てるハプニングによってではない、忽然の蒸発によって過去においてさえ消え失せた。不条理を心得た俺はこれを破壊と呼んだ。破壊は元に戻り得ない変容を指す言葉だ。迷路は紙の上だ。暗い部屋で焚き火をする時が来たのだ。絡まった糸などはよく燃えた。またまた同じ三叉路、今度の俺の手元に残ったものは果たして何だ? 鋏と花束。花束は誰へ渡すものだったか。誰かから贈られたものだったか。昨日産まれた俺は何も知らない。無知を糾弾したその顔にさえ、覚えがない。チクリ。胸が痛む。誰かの棘だ。なら、煙草を吸うのはやめた方がいい。吸ってるものも何の味か分からない。胸が、指先で押さえてみるとそいつは胸ではない。呼び鈴だった。俺はナースを呼んだ。俺の代わりに記憶を代行する不思議なブギー・ナース。白い服を着ていれば誰だって許される病棟に辟易していた。

 ぬるい布団への潜航。夢は明瞭となり、現実は朦朧とする。俺は躓いた。車両留めに、階段に、崖の上に。でも、これは夢だから。だから、これは夢で……。でも、これは、夢で……うん……そう……そう、大丈夫。そうさ、蝮の君の言う通り。フィアンセの蛇もこんにちは。フィアンセに睨まれて俺は金縛りに遭っている。背の高い影が俺の右手を影の右手で、左手を左手で引っ張り上げる。温度のない硬いだけの指。俺の顔に空いた68の穴から叫び声が這い出た。「死神はまだ来るな!これは夢だ!俺を攫うな!川の砂と同じにするな!俺は魚だって何度も言わせるな!」

 ……と、警察官に叫んだ魔物は、粉を買うと鰓呼吸を開始した。出口のない入り口に注意書きがないのは魔物の爪が長くて柔らかいせいだ。だからこそ、魔物にそぐわない甘い香水が俺を迷路に繋ぎ止めた。天井の雨漏りの染みから囁き声が聞こえた。

「爪を剥げばね、新しい爪が生えてくるよ。」

 

 ……眠ると言うより意識が飛んだ。飛んだ先ではそれなりに人生を謳歌する主人公。夢を見ている「K」の方が生きるのが上手いみたいだ。でも俺は「K」になれない。奇数と偶数が鋭角でしかないように、俺は「K」の考えてることを覚えてはいない。夢を見ている「K」は幸せそうだが、俺は幸せを追いかける内に、幸せに追われる羽目に遭った。俺の人生にPKみたいな瞬間があったら身体中の内臓がひっくり返って明後日の方向に飛んで行くのだ。どう足掻いても仕損じる。可愛いものを刈り取るのはダメだ。花はそこに生えてるだけでいい。それ以上は人間から来る不純な欲望だ。なんだ、俺は眠ってないのか? いつも通り眠ったことにしよう。一瞬が永遠になり、数時間は一瞬になる。理の通用しない部分が現実に侵食し始めた……。

 本が常に奇数と偶数で背中合わせになるように、欲求は鏡合わせの理によって凭れ合う。もしそうではなくて自立的な人間が目の前に現れたなら、俺はソイツを恐怖する。お前が何かになりたいと思うならば、何かでない自分を嫌悪し、何かでないことに安堵している。嫌悪と嗜好が四つに組むと、噛み合わさった寄せ木が鉄よりも硬くなる。硬いからなんだ。壊そうと思えば大抵のものは壊せるさ。特に現実が一番脆いだろう。

 68個の穴が空いている。そこには瞬きをしない監視者たちが住んでいて、68個の瞳が俺に向けて注がれる。十字に並んだ均質。癖で穴を覗き込む。だからソイツらを知っている。俺は怒って鋏を開く。やたらと穴を繋げれば奴らは持ち場が分からなくなって、血のシャワーが溢れ出す。いい気味さ。強迫観念と欲望の変身が人間を作っている。人の間と書いてその名前を冠する自信のない生き物。他の何かとの距離で自分の大きさを測るようでは下衆野郎さ。見た目よりもその偶数性がいかに歪んでいるかを測るのがいい。ガラスの割れたように個性的な自意識が自信の源なのだし、整合性を一息に割っちまったら何でもかんでも笑えるものさ。