考えごと

散歩、ポエム、むらさき。

スケジュール

 テクストは我々の周りを周遊し、テクストは休日にはそこらを浮遊している。それは幽霊のようだ。人間はみな用がある時にだけ話を持ち掛けて来る。冷たいやつだ。意味のない冗談と体調を気に掛ける言葉を投げ掛けるのが正しい人間というものである。この場合の正しさは俺が独断で規定しているという問題はあるにしろ。

 眠れないまま日付を超えたが、空が白んでいて夜が訪れない。そうすると夜目が開けず、閉じたままだ。暗闇を求めている。寝床に接する半身が大地の底の震えを敏感に探る。地中に根を張ったソナーが底へ底へと、潜っていく。鯰が地底を泳いでいるのを感じる。彼は目の醒めたまま予知夢を見ている。俺には分かる。暗雲と嵐が訪れつつある。目眩が脳磁気を乱している時にだけ、俺は詩を書くことができる。目を瞑れば竜巻に乱れた海が何かを低い声で話している。その海はコンクリートのように重く、黒い。そしてスープのように生暖かい。俺はその声を聴いている。そしてそれを伝言する。それは血液の音だ。

 

 発明は破滅、又の名を廃頽。明るい街は大地を喰っている。豊かさには限界がある。けれども宇宙も人間もその程度の救いようの無いものだと、俺は思う。俺にとっては、夜は暗ければ暗いほど良い。テクストは俺を分割する。一個のテクストが俺を半分に引き裂き、もう一個のテクストが俺を更に半分に引き裂く。このようにして自己矛盾が果てしなく増殖して、俺の名前と一繋ぎの皮とが胚を一つに包んでいる。このようにして人間が誕生する。彼が証言台に立てば、テクストは苦しみの根源であると言うのだ。テクストを掻き消すのは重低音と睡眠とドラッグである。眠りは深ければ深いほど良い。宇宙のように。

 そろそろ内服薬が効いて来るはずだ。家は子供のようにあっちこっちに走り回っている。その振動で視界が小刻みに震えている。俺は横になる。幽霊というやつよ。人間は死んでも家に居座るようだ。そいつが重力とか慣性を受けるやつならば愈愈怖ろしい。触れ合えてしまえそうで、人間のようで。屋内に侵入する汚い虫が窓の端に潰れている。神はなぜ虫を躾けなかったのだろうか。暴力の距離とは、手の届く距離だ。体がなければ恐れるものも何もないのに、何故体が好きなのだろう。

 

 太陽。顔に籠った熱で頭がクラクラする。するとなぜか愛しいひとの姿が思い浮かぶ。彼女は永遠そのものに似ている。桜がこんなにも咲いているというのに、事実、永遠ではない彼女を愛するという自信が湧いて来ない。射精をした後の怠さのような時間が、この先の人生で何度もやって来るように予感される。性欲に正常性を奪われた俺がそれを取り戻した後の俺を想像するのは不可能だ。俺は人間である。部品の換装は難しい。永遠に近付くことが叶うのか、自分を試している。愛とは何か、幻だ。そしてそれはテクスト。人間が結婚をするのは、愛というものがそもそも存在しないことを恐れているからだ。

 実存は波動、幽霊も波動。まるで飛行場の騒音公害のように。──比喩だけれども──ここに空間があるとして、ここに一つの井戸がある。テクストは呼び水である。ハンドルを十往復したところで、彼は疲れてしまう。──当然これも比喩である。──弛まぬ努力によって汲み出されたテクストは、語られた側から腐り始める。ひとは、汲み尽くされ得ぬポエムの井戸からテクストを汲み続ける。幽霊もまた呼び水である。語ることで生きている。生きることで語られる。電波に居据わっている。幽霊は存在しない。幽霊は存在しないが、テクストは存在しないものについて語ることができる。テクストもまた存在しないからだ。

 少なくとも俺は約束の世界に生きている。存在しない未来に手掛かりを与える為に約束は執り行われる。だから一度約束を反故にしたお前をもう二度とは信じられない。宇宙的時間に振り回される石ころと同等の存在。約束を破ったお前と言葉を交わすことは二度とない。その喉から出た全ての言葉が、遡及的、未来に渡っても永久に意味を失うのだ。約束とは守られるものとしてのみ、時間と孤独とを超越する。果たされないのならばそれは約束ではなかったのだ。テクストの狭間で死んだ言葉たちが、目を閉じた俺の周囲を漂流して何かを叫んでいる。勿論聞く耳を持つはずがない。──だけれども、記憶と印象とが、ただ名前を持たぬ残骸としてそこに居据わっている。